日本と海外における熊被害と狭窄構造の課題分析｜ESG・TCFD視点で読み解く共存戦略

近年、日本各地で熊の出没が急増しています。特に北海道ではヒグマが市街地に現れ、農作物被害や人的被害が相次いでいます。こうした現象の背後には、気候変動、森林構成の変化、そして「狭窄（きょうさく）」と呼ばれる生態系の制約構造が存在します。

本記事では、ESG（環境・社会・ガバナンス）およびTCFD（気候関連財務情報開示タスクフォース）の観点から、日本と海外の熊被害を比較し、森の育成・自然保護・食物連鎖補強を通じた共存と再生の戦略を考察します。

ESG・TCFDが示す「自然資本リスク」と熊被害の関係

ESG経営における「E（環境）」の領域では、生態系サービスの劣化や生物多様性の損失が企業活動への長期的リスクとされています。TCFDの枠組みでは、気候変動に起因する生態系変化を「物理的リスク」として定義し、企業・自治体に情報開示を求めています。

ヒグマの出没増加は、気候変動や森林資源の偏りがもたらす典型的な自然資本リスクであり、人間社会と生態系の接点が崩壊する「警鐘」といえます。つまり熊問題は、ESGやTCFDの議論における気候変動×生物多様性×地域社会の複合課題として再定義する必要があるのです。

日本国内の熊被害：2025年、北海道で拡大する「食料の狭窄」

北海道庁の「秋の山の実なり調査（2025年）」によると、ミズナラ・ブナ・ヤマブドウ・コクワといった主要樹種すべてで豊作地点がゼロ。広範囲に凶作が広がり、ヒグマが餌を求めて山を下りるケースが激増しました。

「山の実なりが悪く、ヒグマは冬眠までの間、食物を探して活動範囲を拡大している」
── 北海道庁ヒグマ対策室

札幌市では2025年10月時点で過去最多の出没件数を記録し、住宅地や学校周辺でも熊が確認される「災害級の状況」が続いています。

背景にある環境の変化

• 気候変動による実り周期の不安定化
• 人工林（スギ・カラマツ）への転換で雑木林が減少
• 山間部の過疎化により、耕作放棄地が放置され餌が偏在

これらの要因が「食料資源の狭窄」を生み、熊が人間の生活圏に進出する構造を形成しています。

海外の熊被害と比較：共存と制度設計の違い

北米（アメリカ・カナダ）

北米では観光地や国立公園での熊との接触が頻発する一方、生息地の保全と観光ルールの整備が進んでいます。キャンプ場では食料管理ボックスが義務化され、出没情報はリアルタイムで共有されます。生息地を守りながら観光資源とする「共存型管理」が浸透しています。

欧州（スロベニア・ルーマニアなど）

ヨーロッパでは「エコロジカル・コリドー（生態系回廊）」を国家政策として整備。森と森をつなぎ、熊やオオカミが移動できる自然の道を確保しています。これにより、個体群の孤立や餌不足を防ぎ、長期的な生態系安定を目指しています。

比較ポイント

• 海外：生息空間の再生・保全が政策レベルで進行
• 日本：出没＝排除という短期対応が中心
• 結果：共存よりも「対立型管理」が進行中

狭窄構造（制約）における課題分析

熊被害を狭窄という構造的視点で分析すると、次の3つの要素が浮かび上がります。

① 食料資源の狭窄

山の実・果実・昆虫・魚など、熊の餌資源が激減。人工林化や下草刈り、落葉除去が生態多様性を損ねています。

② 生息空間の狭窄

道路開発や宅地化で森が分断され、熊が移動できる「生態系コリドー」が喪失。結果、孤立した個体が人里へ降りてくる。

③ 社会・制度的狭窄

行政の縦割り、短期予算、住民意識の不足により、長期的な保全策が進まない現状があります。

狭窄を解消するための総合対策案

1. 森の育成と多様化

• 人工林を雑木林へ段階的に転換し、ミズナラ・ブナ・ヤマブドウを中心とした「餌の森」を再生
• 下層植生を保護し、昆虫・果実・キノコ類を含む多層生態系を育成
• 下草刈りや落葉除去を見直し、「生物が棲める森」へ転換

2. 生態系回廊（コリドー）の整備

• 森林間をつなぐ「グリーンコリドー」を計画的に設置
• 民有地と公有地の協定による連続生息地を確保
• AI・ドローンによる個体追跡と餌資源モニタリング

3. 食物連鎖の補強

• 熊が果たす「種子散布者」としての生態的機能を定量化
• 果実をつける樹種の植栽バランスを再設計し、餌の季節変動を緩和
• 中型動物・昆虫など下位食物層の回復支援

4. 自然保護と地域共生の仕組み

• 地域住民・森林所有者が参加する「共生型森づくりプログラム」
• 学校教育に生態系・熊の役割を導入
• 被害情報・出没情報を地域アプリで共有

5. 政策・制度改革

• 林野庁・環境省・自治体連携による長期保全基金の創設
• 指定管理鳥獣制度の改訂により保護と管理を両立
• TCFD・TNFDを活用した自然リスクの定量化と政策反映

TCFDが生態系に与える影響と熊被害の新たな位置づけ

TCFDは企業に対し、気候変動リスクの開示を求める国際枠組みです。これを生態系に適用すると、熊被害は次の2つのリスクに分類されます。

• 物理的リスク：気候変動による森林資源・餌資源の変動、動物の行動圏拡大
• 移行リスク：環境政策・土地利用規制の変化による人間活動の制約

熊の出没は、単に野生動物管理の問題ではなく、「自然資本の価値と限界を示す指標」として注目されています。企業・自治体はTCFD報告を通じて、森林保全・生物多様性保護への取り組みを可視化し、ESG投資の評価対象とする動きが強まっています。

まとめ：狭窄を越えて、共存と循環の未来へ

日本の熊被害は、気候変動・森林管理・地域社会の三重の狭窄が生んだ結果です。 ESG・TCFDの視点を導入し、熊を「共存の象徴」として捉える政策・企業戦略が必要です。

• 森の多様性を再生し、熊が山で暮らせる環境をつくる
• 人と自然の距離を適切に保つ「緩衝帯」を設ける
• ESG・TCFDに基づく自然資本の評価と情報開示を進める

熊との共存は、単なる動物保護ではなく「人間社会の持続可能性を試すリトマス試験紙」です。企業・行政・地域が一体となり、森と共に生きる新しい時代を築いていくことが求められています。

参考文献・出典

• 北海道庁「秋の山の実なり調査」（2025年）
• 環境省「クマ類による被害防止に向けた対策方針」(env.go.jp)
• 日本熊森協会「森と野生動物の現状」(kumamori.org)
• 農林水産省「地域のチカラで野生鳥獣から田畑を守る」(maff.go.jp)
• 森林総合研究所「人工林からの転換と生態多様性保全」(2024)